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チャリクリクから100キロのところにキャンプ地があるという。今夜は初めてのテント生活である。次にこんなすてきな招待所に泊まれるのは10日も後のことだ。3時間ほどのバス移動は砂漠、さばく、サバクという感じだった。半分はうつらうつらとしていた。ときどき目覚めて眺める景色はどこも砂だらけの砂漠と砂に埋もれそうな潅木の砂山の連続だった。
途中の小さなオアシスで休憩となった。道路脇に羊がぶら下げて切り売りをしている。日曜雑貨、衣類、靴なども道路に布切れ一枚を広げて店を出している。自転車修理屋、飯屋と小さな間口のさまざまな店が並んでいる。
子どもたちはどこでも明るく賑やかで楽しい。目が輝いている。プラ笛を吹くと物珍しそうにに群がってくる。これも楽しい交流だ。少女が二人、玄関先でダンスをしていた。ステップが軽やかだ。カメラを向
けるとにっこり笑ってポーズを取ってくれた。戸口の真っ白なカーテンが印象的だった。やはりここも自転車王国中国である。入口にはピカピカの自転車が置いてあった。
キャンプ地はわりと近かった。モスグリーンのテントが6張、胡楊の林の中に張られていた。下はふわふわとして柔らかいきな粉のような黄色い砂、歩くと踝までもぐってしまう。テントは10名用、1mほどの入口と小さな窓が4つ、真ん中には裸電球が一つ、床はビニールシート、居住性は合格点?かな?。気温は35度だと誰かがいった。テントの中は蒸し風呂だ。マントウ・ゆで卵・ザーサイ、昨日までの本格派中華料理から一変して超軽便なお弁当タイプになってしまった。
昼ご飯の後はラクダの試乗会。配給された座布団を持ってラクダと初対面。こちらもラクダをじっと見つめるが、ラクダもこちらをチラチラと横目で見ている。ラクダは10頭づつ紐で連続してつながれている。前が座ると前から順番に座り、前が立つと前から順番に立ちあがるように訓練されている。だから乗るときは後ろから乗るのだということだ。
ラクダには半畳ほどの藁を積めた2つの南京袋の鞍がつけられている。南京袋は左右から2本の丸太で押さえられ、丸太はビニールロープで背中のこぶを挟んで結び付けられている。腹の方には一本のビニールロープが廻っていて鞍が抜けない様ように結んであるだけ。ずるっと抜けないのだろうか。
前のこぶの毛を右手で、後ろのこぶの毛を左手で掴み、ラクダの立ち上がるのを待つ。毛の長さはちょうど掴めるほどあるのだが、つるっと手が滑らないか、毛がごそっと抜けないかと心配だ。
ラクダは正座するように座っている。立ち上がるときは、まず前足を少し立て、次に後ろ足をグイッと膝で立ち、さらに後ろ足を完全に立ちあげてから前足を片方ずつ立ちあげる。だから、後ろ足が立ち上がるときには乗っている人間は後ろの毛にしがみつく様にしてほとんど逆立ち状態である。これが結構な傾斜で放り出されそうな感覚だ。
歩くときは右の前足と後ろ足が同時に前に動き、次は左の前足と後ろ足が同時に前に動く。従ってその度に大きく上下に揺すられるのだ。配られた座布団は薄くてこれ一枚では尻が痛くなりそうだ。
100mほど歩いて次の班に代わった。座るときは先ほどの逆、このときも注意しないと前に放りなげられてしまいそうだ。次の班が乗ろうとしたとき一匹のラクダが体を揺すって反抗した。乗ろうとした人を揺すり落とそうとしたのだ。2度も続けたのでその人はとうとう旅の間らくだに乗ることを辞めてしまった。
振り落とそうとしたラクダは後でひどく殴られて叱られていた。甘やかすと悪い癖がつくからだという。そうした折檻の間に一頭のラクダが脱走してしまった。カースンたちはかなりの時間をかけてようやく捕まえてきた。
夜にはラクダ村の開村式、楊明の司会、高野隊長の挨拶、南中国隊長の挨拶、中国スタッフの紹介そして日本隊員の自己紹介と続き、ビールで乾杯して食事に移った。
小隊ごとにテントに入り、いよいよラクダの旅のテント生活第一夜、シュラフに潜り込んだが興奮してなかなか寝付かれなかった。夜中に2度ほどトイレに起きた。通りに自転車が溢れてきた。もちろん青空トイレ、サンダルが砂の中にズボッ。気温はちょっとひんやりだが半袖で十分だった。Jojojooo〜〜〜Uwaaooo〜〜〜!