7時にモーニングコール、ルルルルという音に、ああ!いよいよ西域南道との別れの日という実感を覚えた。現地時間だと5時。外は真っ暗だ。
トイレも快調である。とうとう今回もハラピーはなかった。食事のうまさは元気のバロメーター、感謝感謝の一日が始る。1ヵ月も食卓を一緒にしているとまるで家族感覚だ。だれが何が好きか、何が食べられないかまで覚えてしまう。中村さんの腹は大分調子がよくなっている。孫悟空が大田胃酸をなどと言っている。亦さんは意識して食を押さえているようだ。その他の人は順調のようだ。
昨夜、大きな玉杯でビールを飲んだがなかなかの味だった。小さな玉杯も4つほど買うことにした。ラクダの絵をプリントしたTシャツも田所さんと宮西さんのみやげ用に2枚。帰りの荷物重量は15キロとか、まだまだ余裕がありそうだ。
ニヤ博物館に立ち寄った。タクラマカン砂漠にはたくさんの遺跡がある。ニヤ・ダンダラ・アクシビュなど。70%は仏教遺跡、30%はイスラム遺跡である。法顕や玄奘三蔵もホータンを通って経典を伝えたとガイドは誇らしげに話していた。
ウイグル文字はアラビヤ文字から派出した36の基本文字があり、それらを組み合わせて90ほどの文字によって構成されているという。右側から書くが、ひらがなの草書のように続けて書くので初めての人にはわかり難いという。文法的には日本語と似ているが、発音は難しく、ケ・ゲェ・グェなどはとくに難しいとか。展示物は紀元前2世紀頃の農具、陶器、仏像などで、農具には木の鋤、木の槌、木の櫛、矢、矢の袋、木柱の斗などがあり、漢字を書いた木簡も展示されていた。
2体のミイラは大人が160cm、子どもが120cm、白い布で覆われ、髪の毛は三つ編みにしていた。イスラムでは裸を忌むので上には赤い布が掛けられていた。白い歯がきれいで印象的だつた。子どもの目はまるで生きているように爽やかだった。
1300年前の木棺も展示されていた。木の端は鋸で切ったようにきれいに整い、楔を使ってつなぎ合せ、木くぎは腐りにくい胡楊を使い、半球型の飾りは轆轤を回して削ったようにきれいに出来ていた。その木工技術の水準の高さには驚かされた。
10月1日から中国の制度が改正になり、刃物類は一切飛行機に乗せられないという。テロ事件の影響をもろに感じた。確かに刃物検査はきびしかった。ホータンで買ったみやげ用のウイグルナイフを没収されたものもいた。飛び立つとすぐに砂漠になり、下界は砂埃で何も見えなかった。1時間ほどウツラウツラしていると、ワッと声が上がった。「天山山脈!テンシャン!」
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左手をみると飛行機と同じ高さに白い山稜が続いていた。我々の乗っているのはプロペラ機なのだ。ゆっくりと低い高さを飛んでいるので山を見るには最高だった。しかも、最新の飛行機のようで、安心して乗っていられた。
白い冠を頂いた神聖な山々は延々と連なっている。白い頂は、優に4000mは越えているだろう。高い頂上は6000以上もあるだろう。このほとんどが未だ人の足跡を印したことがないのだろう。地球はでかい、宇宙すごいとあらためて思った。ますます高い山が眼前に迫ってきた。これが天山山脈の主峰ポベジ山7439mとハンテングリ山6995mなのだ。
飛行機はアトスに寄った。待合室には私たちの他に数名がいただけ、白い洋服に赤いリボンの小さな女の子が愛らしかった。待合室には場違いな絵柄が大胆なタッチで大きな壁画として描かれていた。30分後に再び離陸し、ブルンブルンとプロペラを震わせながら、雪に覆われた天山山脈の真上を飛び越えてウルムチに向った。
"ウルムチ"とは蒙古語で"うつくしい街"という意味だそうだ。"カシ"とは畑の"あぜ"だとも聞いた。蒙古語の地名が今でも綿々と生き残っている。北海道のアイヌ語地名がフッと頭の中に浮んだ。
楡の木やタレの並木が続いている。西域南道とは自然の様子がガラリと変わっている。バスも砂漠仕様ではなく、高速仕様である。40分ほどでホテルに到着した。市内人口160万人という大都会は、20階以上の高層ビルが林立していた。3年前より一層賑やかになったような気がする。
新疆城市大酒店(シンジャン・シティ・ホテル)はウルムチ銀座のど真ん中だった。町中では禁止されているはずの爆竹がビルの屋上で"ババババーン・ババババーン"と連続して鳴り響きとにかく賑やかだった。何事かとガイドに聞くと「今日は中国サッカーチームがカタールに勝って、ワールドシリーズ出場が決定した祝いだ」と教えてくれた。
後日談だが、日本に戻ってそのことをわが家に滞在している漢族の留学生に話すと「へえー、ウイグルの人たちも中国サッカーを応援しているんだ」と不思議そうな顔で話していた。ちなみに彼と彼女は西安外国語大学の卒業生で、タクラマカン砂漠には行ったことがないそうだ。
近くのレストランで豪華なウイグル料理を食べながら、太鼓・6弦の弦楽器・12弦の弦楽器の演奏を聞いた。司会の話では演奏の方たちはウルムチ音楽大学の先生で、今日はアルバイトだそうだ。
音楽に合わせて真っ赤なドレスの踊り子がウイグルダンスを踊ってくれた。清楚な顔立ち、うっとりするほど美しい笑顔、しなやかで上品な手足の動き、そして音楽に合わせてトトーンと踏む高い靴音のリズム感、「ああ!この美しい娘のウイグルダンスを毎日見ていられるなら、ウルムチに永住したい!!」そんな桃源郷の世界にはまり込んでしまった。
ガイドにお願いしてウルムチの夜市を案内してもらった。途中の人民広場では「サッカーの勝利」を祝う地元民のダンスが大々的に行なわれていた。夜市は繁華街を外れた旧市街地にあった。シシカバブ・鳥の丸焼きなどと共に、「四川鍋」の店が何軒も並んでいた。「四川鍋」は鉄鍋の中に真っ赤な唐辛子の効いた汁が煮立っていて、そこに串刺しの具を入れて煮るのだ。串刺しの具は、羊の白モツ、ハツ、レバ、野菜、きのこ、そして羊の血を固めたものなど20種類もある。
1本1元、小母さんが、「これとこれを食べるか?」と手振りで聞き、「うん、食べたいな」と答えると5本ぐらいまとめて鍋の中にグサッと放り込む。その手さばきの早いこと。たくさん売りたい心が見え見えだ。
しかし"からい"、とにかく辛い、野菜などは汁をタップリ吸っているので口の中が「火事場」みたいに熱くなる。しかし「うまい」とにかく旨い。ビールで口の中を冷ましながら、あれを、これをと食べまくった。
近所の店はうらやましそうに私たちの入った店を眺めていた。今夜の大繁盛はこの店だけだった。例のインチキマジックを始めると周りの店の人たちも集まってきた。プラ笛を吹き、笑わせながら楽しいひとときを。
「あれ、長谷川さんまだ居たの」イチローさんの声に周りを見ると誰も居ない。みんなはもう先に歩き出し、忘れ物をしたイチローさんだけが戻ってきたのだ。危ない危ない、うっかりすると置いてけぼりだよ。
おいしさの仕上げは、ホテルの隣りの「豚足屋」。強い白酒をグイッと飲みながら、出された豚足をパクパク、気が付いたら私の前だけ骨が山のようになっていた。「ああ!きょうはおいしかった」