「最近は少なくなりましたよ。」と言うが中国はやはり自転車大国だ。通勤通学の自転車が重なるようにして交差点を渡って行く。 北京では信号を守る人が多い。当然のことなのだが、地方都市では、信号は自動車だけのもの、と思っているような人がとても多い。青い制服姿の10名ほどの女性のグループが走り去って行った。"ワイワイガヤガヤ"話し声の賑やかさは世界共通のようである。
朝の公園では太極拳をしている人もいる。ダンスのように優雅に舞っている人、ジョギングに精を出す人、北京は世界有数の大都会、その生活振りも様々なようだ。広い道路は各所で車が渋滞している。北京で運転できれば世界中どこでも走れるさ、と運転手は言う。今日も30分ほどの距離で3つの交通事故に出会っている。
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人民大会堂の前は公安が並び閉鎖されていた。政府要人の来訪だといか。そういえば、昨日は小泉首相が日帰り訪中をしたそうだ。バスを降りて地下道を通って迂回して行くと、道路の向うには手に手に傘や絵葉書やシールを持った男や女が「千円、千円」といって売り込んできた。ガイドはどれもガラクタば
かりだから買わない様にと注意してくれた。
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天安門広場は広大だ。44万uだという。大きな国家の行事では、この広場に50万人が押しかけると言う。天安門をくぐると故宮である。天安門には5つの通路があり、昔は故宮を訪れる人は身分によって通る通路が決まっていたと言う。真ん中は天子の道。左右は位に応じてであったが、妃には一度だけ真ん中を通る機会が与えられていた。それは嫁入りのときである。また、政府の高官も最初のお目見えのときは真ん中に案内された。さらに、科挙の成績上位3人も一度だけこの真ん中を通ることが許されたと言う。
そして、その奥に午門(ゴモン)。南向きで午(ヒル)の間だけ日が当たる門と言う意味だとか。さらに太和門、その奥に向っては巨大な石の彫刻のある石段が続く。ものすごい人数の人たちの手で運ばれたのであろう。天子の権力の大きさに驚くばかりだ。広い庭の正面には太和殿、玉座がひとつあるだけだっ
た。この巨大な「無駄遣い」に敬意を表したい。
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紫禁城、9999の建物が整然と並ぶ。1万にしなかったのは天を敬うためだとか。紫や青は天の色、金や赤は天子の色、紫禁城の屋根は金色に輝いている。その屋根の四隅には動物を形どった魔除けが3〜9と奇数だけ並べられている。
太い柱は楠で、大きな建物では72本もの柱が立てられている。屋根の下側の細工は青っぽい色で彩色されていた。平山郁夫画伯の紫禁城の絵を見て、その美しさに驚いたことがあるが、本物にはただ感動するだけだった。
限られた時間だったので見たのは、時計の博物館である奉先館と珍宝館だけだった。時計博物館には飾り物が賑やかな様々な置き時計が142個も飾られていた。珍宝館にあった、象牙を細く裂いて編み上げた敷物は見事だった。大きな翡翠の置物にも魅せられた。
王府井に着いたのは3時10分前だった。約束の場所が分からない。近くにいた若者に聞くと「英語は話せるか?」という。「イエス」と答え「マグドナルドはどこだ」と尋ねると、右に行ってケンタッキーの店の少し先だと言う。ラッキーだった。2つあるうち、約束の場所の方を教えてくれたのだ。しばらくすると穎慧が現われ、またしばらくして施晃が大きな荷物を持ってやってきた。
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まずはお茶を飲み、晩ごはんは北京ダックが一番おいしいという全聚徳に入った。北京娘の案内なので安心して任せられる。1羽を3人では食べきれなかった。残りはお土産にして持ち帰ってもらった。タクシーでホテルまでは15元だった。